吊り橋 (山中)

こんばんわ。山中です。

「更新遅れ気味やし、連投やん!」まさにその通り。

随分前にこのブログで書きましたが、めぐは文章がニガテなので書く気(ほぼ)ナシ。 やんぬは仕事関係(wed系)で文章書いてるぽいので、ほならわたしが書こうかいな、ということです。交換日記とはどこへやら、、、。クラスのみんな転校しちゃって、若しくはみんな飽きちゃった、若しくはわたしが孤立してしまった、みたいな感じでいきましょか(バンド仲は相変わらず良いです)。

昨夜は神戸ヘラバラウンジでライブでした。神戸で出てるライブハウスはヘラバだけ。まさに泥沼のような地下室、独立国家のようなところなのですが、なるほどうちらが好きになるわ、というところ。ステージの床が光る!(Twitterから拝借)

精算時にブッキング担当クレイジーパーティボーイ鈴木想(DUBOIS, ex.stereo future)と話していたのですが、ここ最近バンドやってることが凄く吊り橋なような気がしています。

曲を作ってメンバーと共有・編曲して、ライブで演奏してレコーディングして、という繰り返しなんですが、この25〜26歳になり自分の中での自信めいたものと、出来上がるものとのバランスが難しいなと思うようになりました。

自分の曲、バンドの曲は何も絶対な存在じゃないし、素晴らしい大好きなバンド・ミュージシャンは周りにたくさんいる中で、果たしてどうやっていこうかと。ええ曲や!という自信はありますが、特にギター、歌で思うことが増えています。

単純に音が取りにくいとか、今日音ちっちゃかったかなぁでかくしたらよかったかなぁとか、音抜け悪かったなぁとか、思うきっかけは様々で、「練習せえや!!」という言葉に集約されるのですが、、、。

「曲できた!スタジオでやろ!」と思った曲が思うようにいかず、かつメンバーからの反応がイマイチ、乗りがあんまり良くない、となると自信が折れるわけです。また、歌の音程が取れないのが続くと、「はて、俺が歌う意味あるか、、、?」という悪循環。こうなると身動きが取れない。練習せえや!!

出来そうなことは試しつつ、一歩ずつやれることをやってくしかないのですが、一歩ずつ確実に渡れば対岸まで行けるけど、踏み外せば真っ逆さまに激流へ、という感じです。

最近弾き語りをぽつぽつをやっていて、つい先日、「あぁこれは、この世界はバンドとはまた違った次元で極めないとどうにもならん世界なんだわ」と強烈に思いました。バンドでやってない曲のはけ口、みたいな気持ちでやっててはいけない。バンド始めた当初の、知り合いが誰もいない、どの輪にも入れないといったような孤独感を久々に味わいました。

これは見方次第でとても良いきっかけだし、バンドを重視し直すポイントにもなっているのですが、同時に昨今の様々な不安要素と重なって自分を苦しめる要素にもなりました。

そもそもの自信が薄くなってきたのかなぁ。逆に言えばある程度冷静になって周りが見えてきた結果、とも言えるかも。無条件に自分に自信持てるなんて無いよ。彼女でもおれば違うのか?それはそれでしょーもない。などなど、考えだすとキリはないし、やれることをやりまくるしかないのです。

ある意味、周りにいる人間で最大のライバル・倒すべき敵(?)はメンバー。メンバーから打ちのめさなければ自分の曲は活きない。その上でメンバーの力を借りて、だからこそきっとバンドとして曲が活きるはず。メンバーの種々様々に嫉妬などしている場合ではないのです。と、言い聞かせているしょーもない男の話でした。

このようにギリギリの感情でやっていたら、まさに吊り橋を渡るかのように不安と期待の入り混じるドキドキ感、吊り橋効果のお陰で曲もバンドも「あれ、、、?これってもしかして、す、、、き?」みたいになるんちゃうか。なんじゃそりゃ。

このタイトルでこのような事を考えていたら1年ちょい前に作って放置していた「赤い鉄橋」というタイトルの曲のことを思い出しました。やってみようかな。

山中でした。長々とすんません。

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